書評 「新・五代友厚伝」 八木孝昌著(※1)
今年4月に、大阪市立大学と大阪府立大学が統合され大阪公立大学としてスタートしたが、大阪市立大学の創設者は五代友厚である。正確には、五代友厚をはじめとする大阪財界有力者が明治13年に設立した「大阪商業講習所」が大阪市立大学の前身。
さて、この五代友厚は、前述の大阪商業講習所のほか、大阪商法会議所(五代が初代会頭、現在の大阪商工会議所)、大阪株式取引所など多くの会社等の設立に関与し、東の渋沢、西の五代と言われた。五代は、明治維新に大きな役割を果たした人物であるが、一方、晩年におきた「北海道開拓使官有物払い下げ事件」(1881)によって、払下げ物件を格安で手に入れようとした「政商」という悪いイメージも定着している。
最近では、連続テレビ小説「あさが来た」(2015)、NHK大河ドラマ「青天を衝け」(2021)や映画「天外者(てんがらもん)」(2020公開)に五代が颯爽と登場するなど、暴利を得ようとした政商のイメージは払拭されつつあるが、高校では、依然、五代を悪徳商人と教えている。日本史の教科書には「開拓使の廃止を前に、長官の黒田清隆が同じ薩摩出身の政商五代友厚に、約2000万円を投じた事業を38万円余という不当に安い価格で払い下げようとして問題となった。(※2)」との記述があり、事実、入試ではそう解答をしないと誤答になる。
2020年8月に発行された当書籍「新・五代友厚伝」は、幼少期から49歳で病(糖尿病と言われている)により没するまでの生涯を辿ったものである。五代を語った書籍は過去何冊かあるが、今回の出版物の最大の目的は、払い下げ事件は濡れ衣である事を膨大な資料に基づき論証することにより、五代の名誉を回復し、教科書の過ちを訂正することである。秀吉に次ぐ大阪開発の恩人であり、近代大阪の礎を築いた五代を正しく評価してほしいと著者は語っている。
問題の「北海道開拓使官有物払下げ事件」は、本書第二部第八章で100頁にわたり詳しく述べられている。明治政府の北海道開拓事業は、西欧諸国に並ぶための殖産興業政策のひとつで、未開地の開拓、牧場経営、海産物の商品化、炭坑開発など事業は多岐にわたる。東京横浜毎日新聞が「開拓使長官の黒田清隆が破格の安値で、同じ薩摩出身の五代友厚らに払い下げようとしている。」と報じたことから、藩閥政権と政商との癒着だとの世論の批判を呼び、その後の「明治十四年の政変」に発展した。
実際は、報じられた払い下げ先は、五代の会社ではなく開拓使の幹部がつくる別の会社である事、東京横浜毎日新聞のスクープは、民権派の立場から政局の具に利用しようと五代を標的にしたものである事等々が、新出資料等に基づき記述されている。本書籍は、五代の足跡と業績を「史実」にもとづき描き出し、誤報に基づいた冤罪を晴らそうとするものである。
最後に、出版後の話題を紹介する。奈良女子大卒で、51歳で講談師になったというユニークな経歴の旭堂南照さんが、最近始めた講談が「真説・五代友厚伝」という演目。「講釈師見てきたような嘘をつき」とは言うが、実は、この講談台本は著者の八木孝昌氏が、南照さんのために書き下ろしたもので、嘘でなく真実である。 2022.4 A.M
※1「新・五代友厚伝―近代日本の道筋を開いた富国の使徒」PHP研究所。
2020年8月発行。八木孝昌:一般財団法人大阪教育文化振興財団評議員。
大阪市立大学経済学部卒・博士。
※2 当引用は、清水書院「高等学校日本史B」令和2年発行。他の教科書も
同様の記載がある。