書評 「地球・子供・家の危機」 釜中明著
知人の釜中明氏が「地球・子供・家の危機」―副題:SDGs時代の「住まい」を考える―という題の本を出版した(東洋出版)。釜中氏の自己紹介は、「私はキゾクです」から始まる。エッと驚くのだが、実は彼は奈良県桜井市で木材業を営む家の出身で、「貴族」でなく「木族」だとのこと。現在、一般社団法人「いい家塾」塾長として、木造住宅の魅力のアピール等精力的な活動を行っている。
「私たちは現在、3つの危機に直面している。」と著者は言う。ひとつは、「地球の危機」、二つは「子供の危機」、最後が「家の危機」である。実は、これらの危機は密接に絡みあっているとし、3つの危機とそれらの関連性について考察を進めている。
(1)「地球の危機」。おさげ髪にあどけなさが残る「グレタ・トゥンベリ」さんが、世界の政治家・高官を前に「あなた達は子供達を愛していると言いながら、子供達の未来を奪っているのです。」と切実に訴えかけたように、地球温暖化は地球の危機である。
温暖化防止にはCO2の排出抑制とともに、CO2の吸収源である森林の整備など、吸収源対策が重要である。森林は人間の生命、生存を担保してくれる。我が国は、国土の森林率が68%と世界3位でありながら、その豊富な木材資源の活用は十分ではない。安価で、しかも本物素材である木材を活用し、安全安心な健康住宅を作ることが必要である。何よりも、木材住宅は四季がある日本列島の風土に適している。
(2)「子供の危機」。いじめの増加、不登校の低年齢化、児童虐待の増加など「子供たちの幸福感」は薄れている。国連児童基金(ユニセフ)の報告書によると先進・新興国38か国中、日本の子供は、「身体的健康」は1位であるが、「精神的な幸福度」は37位と驚くべき低い水準である。これは、生活満足度の低さや自殺率の高さに因る。教育評論家の尾木直樹さんは、「子供の自己肯定感が低く、幸福感が育っていない。」と指摘する。著者は、家に居場所がないという子供たちの現象に着目し、家族が集まって暮らす喜びをもたらす家づくりの重要性を訴える。「いい家塾」の家づくりの基本は「人は家を造り、住まいは人を創る」で合言葉は、「家笑う」だ。
(3)「家の危機」。構造、素材、工法、調湿性等における木造住宅の良さを解説したあと、著者は、大量生産・大量消費・早期大量廃棄社会の愚を強調する。「工業化偏重の住宅政策は世界に誇る日本の木構造住宅を否定し衰退を助長してきた。零細な工務店の存続を圧迫し、伝統ある木構造住宅技術が消滅していく危機だ。地域の優秀な技術職人が活動の場を失い、その結果地方の過疎化の主因となる地場産業の衰退という現実をももたらしている。」と。また、同時に、日本の古の叡智を思い、法隆寺の昭和の大修理・薬師寺の復興に命を懸けた西岡常一棟梁の言葉「千年の檜には千年の命がある。木は鉄より強い。」を噛みしめる。
(4)地球と子供にやさしい「住み心地」のいい家とは、五感を満たしてくれる脱炭素化の優等性「木造住宅」である。家と社会について知り、学び、教えあい、私たちの暮らしのあり方を見直そう。「心地のよい家」から持続可能な社会が始まる。これが著者の主張である。
本書の主な論点は、家であるが、「まちづくり」にも言及している。「すまい」と「まちづくり」の共通点は長期的視点の重要性であるが、関一(元大阪市長)の業績を引用している。関一のまちづくりの基本理念は「住み心地のいいまちでなければならない。それにはまず安全なまちでなければならない。」であった。この考えに沿い、大阪港の近代化、下水道の整備、御堂筋・地下鉄の建設など都市インフラ整備が推進された。中でも御堂筋は今でも大阪のシンボルとして燦然と存在感を示し、我々はその恩恵を受けている。まさに「まちづくり」は百年の計であり、後世の人に残し感謝されるものでなければならない。
2021.6 A.M